はじめに
ITサービスデスクに寄せられる問い合わせ件数が多いほど、スタッフは「内容の分類・振り分け」に大きな負担を強いられます。受付時点で「この問い合わせは誰に回すべきか?」「どのカテゴリに属するのか?」と都度判断を迫られ、その作業が重複すると、対応スピードの低下だけでなくミスが発生するリスクも高まります。そこで注目されているのが、AIや機械学習などを活用した「問い合わせ分類の自動化」です。
本記事では、問い合わせ内容を自動的に振り分けるためのキーワード分析や、適切なツールを選定する際のポイントを解説します。自動化の導入がうまく進むと、サービスデスクの業務効率が格段に向上するだけでなく、ユーザーへの一次回答のスピードアップにも繋がるため、組織全体の生産性アップが期待できるでしょう。
1. 問い合わせ分類の重要性
1-1. 分類がもたらすメリット
問い合わせを正しくカテゴリ分け・優先度設定できれば、以下のようなメリットがあります。
- 的確な担当者・チームへのエスカレーション
ユーザーの待ち時間を減らし、二重三重の手戻りを防ぐ。 - レポーティング精度の向上
問い合わせが「どの領域にどの程度発生しているか」を正確に把握し、対策を立てられる。 - ナレッジの集約・参照が効率化
同種の問い合わせがどれくらいあるのかが分かるため、FAQやマニュアル整備の優先度を付けやすい。
しかし、大量の問い合わせを人力で分類し続けるには限界があり、分類基準のブレや担当者間の違いも生じがちです。そこで自動化のニーズが高まっています。
1-2. 自動化の流れと手法
一般的な自動分類の流れは、以下のようなステップで進みます。
- 問い合わせ内容のテキスト解析
タイトルや本文からキーワードやフレーズを抽出。 - 分類ルール・モデルの適用
あらかじめ定義したルールや機械学習モデルを用いて、問い合わせを特定のカテゴリへ振り分ける。 - 優先度や担当チームの自動アサイン
分類結果に応じて、高・中・低の優先度や担当グループを設定。 - スタッフやシステムで最終チェック
自動化モデルの精度を検証し、必要に応じて修正。
2. キーワード分析によるルールベース分類
2-1. ルールベース分類の特徴
AIを導入するほどの予算や専門知識がない場合でも、まずはキーワード分析を活用したルールベースの自動分類を試してみることが可能です。例えば「VPN」「リモート接続」などの単語が含まれていれば「ネットワーク関連」、また「サーバー」「データベース」といった用語があれば「インフラ関連」というように分ける方式です。
- メリット: 実装コストが低く、わかりやすいロジックで運用しやすい。
- デメリット: ルールが増えすぎると管理が複雑化し、曖昧な問い合わせ文や新しい用語には対応しきれない。
2-2. ルール設計のコツ
ルールベース分類を行う際は、あらかじめ「どんなカテゴリをいくつに分けるか」を明確化したうえで、代表的なキーワードやシノニム(同義語)を整理しておきます。たとえば「アカウントロック」「パスワード忘れ」などは「アカウント管理」カテゴリへ振り分ける…といった具合です。問い合わせ履歴をテキストマイニングし、頻出単語を洗い出しておくと抜け漏れを防ぎやすくなります。
3. 機械学習モデルを活用する方法
3-1. テキスト分類モデルの概要
より高度なアプローチとして、機械学習や自然言語処理(NLP)を活用する方法があります。具体的には、「過去の問い合わせ文」と「それが最終的に分類されたカテゴリ」を学習データとして機械学習モデルを作り、新たな問い合わせが来た際に自動的に予測させる形です。ルールベースと比べると、曖昧な記述や新たな表現にも適応しやすくなるメリットがあります。
3-2. モデル構築の流れ
機械学習での自動分類には以下の工程が必要です。
- データ収集・前処理
過去の問い合わせデータを大量に集め、カテゴリのラベル付けを行う。文中の不要語(ストップワード)削除や形態素解析などでテキストを整形。 - 特徴量抽出
Bag-of-Words、TF-IDF、ワードエンベディング(Word2VecやBERTなど)を用いてテキストを数値ベクトル化。 - モデルの学習と評価
ロジスティック回帰やランダムフォレスト、ディープラーニングなどのアルゴリズムを試し、精度が高いモデルを選択。 - 運用と継続的なチューニング
新しい問い合わせが来るたびにモデルを評価し、必要に応じて再学習やパラメータ調整を行う。
3-3. 注意点
機械学習モデルは、「学習データの量と質」に大きく依存します。ラベル付け(正解データ付与)が不十分だったり、カテゴリの定義が曖昧だったりすると、モデルの精度は期待ほど上がりません。導入初期はある程度誤分類が出ることを前提とし、スタッフによるフィードバックを取り入れて段階的に精度を向上させるアプローチが現実的です。
4. ツール選定のポイント
4-1. 問い合わせ管理システム(チケット管理ツール)
多くのクラウド型チケット管理システム(Zendesk, Freshdesk, ServiceNow, Jira Service Managementなど)には、キーワード分析やAIベースの自動分類機能が備わっている場合があります。自社でゼロからシステムを開発するよりも、こういった既製品を活用するのが一般的です。選定においては以下の点を確認しましょう。
- 自動分類機能の有無と精度
試験的にデモやPoC(概念実証)を行い、どれほど適切に分類されるかを検証。 - 既存システムとの連携
社内認証基盤やナレッジベース、メールサーバーとのスムーズな連携ができるか。 - ライセンス費用とサポート体制
ユーザー数や問い合わせ件数に応じた料金がどのくらいになるか、ベンダーのサポートは十分か。
4-2. 自社開発やオープンソースの活用
既製品の機能が合わない場合や、機械学習を大規模にカスタマイズしたい場合は、自社開発やオープンソースソリューションの活用も検討できます。例えばスクリプト言語(Pythonなど)とオープンソースライブラリ(scikit-learn, TensorFlow, PyTorchなど)を使えば、多様なテキスト分類モデルを構築可能です。ただし、導入・運用コストが大きくなる傾向があるため、エンジニアリソースやメンテナンス体制を十分に確保できるかがポイントです。
5. 自動化導入後の運用設計
5-1. 精度向上のための継続的フィードバック
どれほど性能の良いモデルを導入しても、問い合わせ内容の傾向は日々変化します。新しいサービスのリリースやシステムアップデートがあるたびに、新種の問い合わせが増えることも珍しくありません。そうした変化に対応するためには、スタッフが誤分類に気づいたら正しいカテゴリを再割り当てし、その情報を学習データに反映させる仕組みが必要です。
5-2. ヒューマンタッチとの連携
自動分類はあくまでスタッフの負担を減らすための仕組みであり、最終判断や複雑なケース対応は人間の介在が必要になることも多いでしょう。特に機密性の高い問い合わせや、感情的にこじれそうなクレーム対応など、人の対応が不可欠な場合もあります。自動化によって浮いた時間を、スタッフがコア業務に割けるように設計するのが望ましい形です。
5-3. KPI管理とレポート
自動分類機能を導入したら、分類精度や対応スピードの変化を定期的に測定し、レポート化することで投資対効果を可視化することが重要です。具体的には「一次分類の正答率(自動振り分けが正しかった割合)」「問い合わせ対応における平均リードタイムの変化」「エスカレーション回数の推移」などをトラッキングし、目標値に向けて改善サイクルを回しましょう。
まとめ
問い合わせ分類の自動化は、ITサービスデスクにおける生産性を大きく左右する重要テーマです。ルールベースのキーワード分析からスタートして段階的に導入していく方法もあれば、機械学習やAIを積極的に活用して高度な自動振り分けを実現する方法もあります。自社の規模感やITリソース、問い合わせの特徴を踏まえ、最適なアプローチを検討してみてください。
いずれの方法を選ぶにしても、導入したら終わりではなく、運用の中で精度を高め続ける取り組みが欠かせません。スタッフによる最終チェックとフィードバックループを設計し、自動化が実際の業務効率やユーザー満足度向上にどの程度寄与しているかを測定することも大切です。
次回の記事では「新人スタッフ育成プログラム」をテーマに、サービスデスクに新たに加わるメンバーをどうオンボーディングし、早期に戦力化するかというポイントを解説します。人材不足や教育コストの課題を抱えるサービスデスクでお悩みの方は、ぜひご覧ください。