はじめに
ITサービスデスクの中核業務の一つが「インシデント管理」です。システム障害やユーザーの操作トラブルなど、発生した問題(インシデント)を受け付け、原因を特定し、再発防止策を検討するまでの一連のプロセスがスムーズに回るかどうかが、サービスデスクの品質を大きく左右します。しかし、インシデントの対応に追われるばかりで、根本的な改善に時間を割けていないケースも多いのではないでしょうか。
本記事では、インシデント管理を見直すうえで重要な3つのステップを提示します。これらのステップをしっかり押さえることで、日々のトラブル対応にかかる時間を削減するとともに、再発防止やサービス品質の向上へと繋げられるはずです。
1. インシデント管理とは何か
1-1. インシデントの定義
ITIL(IT Infrastructure Library)などのガイドラインでは、インシデントを「サービスの中断、またはサービス品質の低下を引き起こす事象」と定義しています。システムダウンやネットワーク障害のような大規模なものだけでなく、ユーザーがパスワードを忘れてログインできないといった一見ささやかな問題も含まれます。これらの事象をサービスデスクが一元的に受付・管理し、最終的に解決に導くのがインシデント管理プロセスの役割です。
1-2. インシデント管理と問題管理の違い
よく混同されがちですが、インシデント管理は「発生している事象を素早く正常な状態へ復旧させる」ことが目的です。一方、問題管理は「インシデントの根本原因を究明し、再発防止策を打つ」ことが目的です。サービスデスクの活動ではインシデント管理が中心になりますが、問題管理と連携することでより高いレベルの改善が期待できます。
2. ステップ1:受付と分類の最適化
2-1. インシデント受付の一本化
まず取り組むべきは、インシデントの受付窓口を整理し、どのチャンネル(電話、メール、ポータルなど)からでも最終的には同じ仕組みに集約されるようにすることです。問い合わせが複数の場所に分散していると、対応漏れや重複対応が発生しやすくなります。可能であれば、チケット管理システムを用いて一元管理するのが理想です。
2-2. 分類基準の見直し
インシデントを「問い合わせカテゴリ」「優先度」「影響範囲」などの観点で分類し、重要度や緊急度に応じて対応を振り分けられる仕組みを作ります。例えば「高:システム全体に影響」「中:特定部署やチームに影響」「低:個人のPCトラブル」などの区分けはよく使われます。分類基準が曖昧だとスタッフ間で認識がズレたり、エスカレーションのタイミングを誤ったりする可能性があるため、細かくルールを定義することが大切です。
2-3. ユーザーからの情報収集
受付時点で必要な情報をしっかりヒアリング・記録しておくと、後続の対応がスムーズになります。例としては「発生している現象の詳細」「利用中のシステムやバージョン」「エラーメッセージ」など。電話であれば聞き取り、メールやポータルであればユーザーフォームに必須項目を設定することで、対応に必要な最低限の情報を確保できます。
3. ステップ2:対応とエスカレーションの明確化
3-1. 対応プロセスの可視化
インシデントが受付されてから解決に至るまでの流れをフローチャートで表し、スタッフ全員で共有しておきます。たとえば下記のようなイメージです。
- インシデント受付
- カテゴリと優先度の設定
- 一次対応スタッフによる初期調査
- 必要に応じてエスカレーション先に連絡
- 解決策の提示、ユーザーからの承認
- チケットクローズ
この一連のプロセスを、どのような条件で誰が対応するのかを明確に定義しておくと、迷いや対応遅れを防ぎやすくなります。
3-2. エスカレーションルートの整備
一次対応で解決できないインシデントは、専門チームやベンダーサポートなどへエスカレーションが必要になります。このとき、どのようなインシデントを誰に引き継ぐのか、連絡手段は何か、どのタイミングでユーザーへ報告するのか、といったルートと手順をはっきり決めておくことが重要です。エスカレーション先の窓口担当や営業時間が曖昧だと、対応が大幅に遅れる要因になります。
3-3. 対応記録の充実
一度対応したインシデントについて、その解決方法を簡潔かつ分かりやすく記録に残すことで、次回同様のインシデントが起きた際の対応速度が格段に向上します。ナレッジベースやFAQに転記できる内容は積極的に共有し、スタッフ間のスキル格差を埋める工夫も大切です。
4. ステップ3:効果測定と継続的改善
4-1. KPIの設定
インシデント管理がうまくいっているかどうかを判断するために、KPI(重要業績評価指標)を定義し、定期的に計測・監視します。代表的なKPIの例としては、以下のようなものがあります。
- 平均対応時間(ユーザーからの問い合わせから一次回答までの時間)
- 平均解決時間(問い合わせから最終的な解決までの時間)
- 再オープン率(一度クローズしたチケットが再度オープンされる割合)
- エスカレーション率(一次対応で解決できず、エスカレーションを要する割合)
これらの数値を継続的にトラッキングし、目標値と比較しながら改善活動を進めます。
4-2. レポートとフィードバック
週次や月次でレポートを作成し、チーム内や経営層へ共有すると、インシデント管理の現状や課題を客観的に把握できます。また、一定の成果が上がった場合は、その成功要因をスタッフ全員で学び合うことも大切です。逆に思うような成果が出なかった場合は、どのステップに問題があったのかを振り返り、新たな対策を検討します。
4-3. 問題管理との連携
インシデントが繰り返し発生する場合は、根本原因を追究し、再発防止策を検討する問題管理のプロセスが不可欠です。インシデント管理だけでは「とりあえず復旧」が優先されがちですが、問題管理と一体化して運用することで、長期的に見た業務効率やユーザー満足度を大きく高められます。
まとめ
インシデント管理を見直すということは、サービスデスクの対応速度や品質に直結する重要なテーマです。受付や分類を整理して適切な優先度を設定し、一次対応・エスカレーションのプロセスをはっきり定義することで、対応のばらつきを減らし、ユーザーにとっては安定したサポートを受けられるメリットがあります。さらに、KPIを活用して効果測定を行い、問題管理と連携しながら継続的な改善を実施していくことが、ITサービスデスクの成熟度を高める鍵です。
次回の記事では、問い合わせの数そのものを減らすために効果的な「FAQ強化とナレッジベース活用」について、具体的なヒントや事例を交えながら紹介します。サービスデスクの負荷を下げつつ、ユーザーの自己解決を促進する仕組みに興味のある方は、ぜひ続けてご覧ください。