はじめに
サービスデスクの業務設計を考えるうえで、しばしば見落とされがちなのが「ユーザー体験(UX)」という視点です。内部のプロセスを効率化することももちろん重要ですが、実際に問い合わせを行うユーザーがどう感じるかを無視しては、本当の意味でのサービス改善とは言えません。ユーザーは、自分の抱える課題がスムーズに解決することを望んでおり、そのプロセスが複雑だったり、時間がかかったり、何度も同じ内容を伝えなければならなかったりすると、強い不満を覚えます。
本記事では、「ユーザー視点」に立ってサービスデスクの問い合わせフローを最適化するための具体的なアプローチを紹介します。どんなに優れたツールや熟練のスタッフを揃えても、ユーザーが面倒な思いをしていたり、必要な情報にたどり着けない状態が続けば、満足度は上がりません。ぜひ、ユーザー目線でフローを再点検するヒントをつかんでください。
1. なぜユーザー視点が重要なのか
1-1. 組織イメージへの影響
サービスデスクは、ユーザーにとっての「IT部門の顔」であり、ひいては組織全体のイメージを左右する存在です。問い合わせへの対応が親切・的確かつ、フローがストレスフリーであれば、ユーザーは「ここに問い合わせれば安心」という印象を持ち、組織への信頼度が増します。逆に、たらい回しや長い待ち時間が常態化していると、組織全体の評価にも影響を及ぼしかねません。
1-2. 問題解決スピードと生産性
ユーザーが使いづらいフローになっている場合、問題解決までに余計なやりとりや確認作業が増え、結果としてサービスデスク側の工数もかさんでしまいます。例えば、必要事項の書き漏れや誤入力が頻発すると、スタッフが一つひとつ追跡調査をしなければならなくなります。ユーザー視点で「最初に入力すべき項目」や「ヒアリングの流れ」を明確化すれば、やりとりの回数が減り、対応スピードも上がるでしょう。
1-3. 顧客満足度の向上
企業の外部顧客向けのサービスデスクだけでなく、社内の従業員が利用するサービスデスクでも、利用者は「顧客」の一種です。利用者が満足し、ストレスなく仕事に専念できる状態を作ることは、生産性とエンゲージメント向上に直結します。ユーザー目線を大切にすることで、単なる「問い合わせ窓口」から「頼れる相談先」へイメージを変えられる可能性があります。
2. 現状の問い合わせフローを可視化する
2-1. ユーザージャーニーマップの作成
ユーザーが問い合わせを行う際、どのようなステップを踏むのかを「ジャーニーマップ」として可視化する方法があります。具体的には、
- トラブルや疑問が発生
- セルフサービスポータルやFAQの検索(またはすぐに電話やメール)
- 問い合わせ起票
- 担当者の割り当て
- 回答や解決策の提示
- 解決・クローズ
この一連の流れをユーザーがどう感じるか、「待ち時間」「作業量」「ストレスポイント」などを書き込んでいくと、どこでユーザーが不満を抱きやすいかを把握しやすくなります。
2-2. ペルソナ設定
ユーザーと一口に言っても、ITリテラシーの差や部署ごとのニーズはさまざまです。そこで「ITに詳しくない社員」「システム管理者」「新入社員」「在宅勤務が多いスタッフ」など、代表的なペルソナを設定し、それぞれの立場から問い合わせフローを評価してみるのも有効です。ペルソナが抱く課題やゴールを整理することで、どんな情報が不足しているか、どのステップが複雑すぎるかを発見しやすくなります。
3. ユーザー目線でフローを改善する方法
3-1. 情報入力の簡略化
問い合わせフォームに大量の入力項目を設けていないでしょうか。「部署名」「内線番号」「端末名」など、確かに必要な情報は多いかもしれませんが、必須入力を最小限に絞り、その他の情報はプルダウン選択や自動入力(ユーザー情報と連携)で補完できるようにすると、ユーザーの手間が減ります。入力が煩雑だと誤字や記入漏れが増え、結局スタッフ側も二度手間となるため注意が必要です。
3-2. セルフサービスポータルとの連携
前回の記事で述べたセルフサービスポータルがしっかり機能していれば、ユーザーが問い合わせを起票する前に、FAQやナレッジベースで自己解決を試みるよう誘導できます。フロー上、「問い合わせフォームにアクセスしたらまずFAQ関連の検索画面が提示される」という設計にすることで、簡単に解決できる問題についてはセルフサービスで完結し、スタッフの負担を減らせます。
3-3. 統一的な窓口とマルチチャネル対応
ユーザーが問い合わせ先に迷わないよう、基本的には「ここに連絡すれば大丈夫」という統一的な窓口を明示するのが理想です。ただし、電話やメール、チャットなど多様なチャネルを用意している場合は、どれを利用しても裏側で同じチケット管理システムに集約されるようにして、担当のばらつきを防ぐ必要があります。ユーザーが一度連絡した後に何度も別の窓口に案内されるのは、大きなストレス要因です。
3-4. 進捗状況の見える化
問い合わせを行ったユーザーは、「対応がどう進んでいるのか?」「いまどの段階なのか?」が分からず不安になりがちです。そのため、セルフサービスポータルやメール通知などを通じてチケットのステータスを適宜提示し、対応担当者や予定完了時期などを伝えられる仕組みを整えると、ユーザーの安心感が高まります。
4. ユーザーテストとフィードバックの収集
4-1. テストユーザーによるフロー検証
改善した問い合わせフローが本当にユーザーにとって使いやすいかどうかは、実際にユーザー(もしくはテストユーザー)に試してもらうのが一番確実です。フォームから起票してもらい、所要時間や操作性、わかりづらい箇所などをヒアリングし、必要に応じてフローを修正します。開発メンバーだけで判断していると、思わぬボトルネックを見落とす可能性があります。
4-2. 定期的なアンケート調査
問い合わせが完了したユーザーに対し、簡単な満足度アンケートを実施することで、生の声を収集できます。質問例としては、「対応の速さについての満足度(5段階)」「スタッフの対応態度についての感想」「問い合わせフローで改善してほしい点」などを挙げられます。特にフリーテキスト欄を設けておくと、思いがけない要望や不満が発掘できるかもしれません。
4-3. データ分析の活用
アンケートだけでなく、問い合わせ件数や平均対応時間、再オープン率などのデータをモニタリングし、フロー改善前後でどう変化したかを比較します。もし改善が期待ほど進んでいない場合は、さらに原因を深堀りして、どの部分でユーザーがつまずいているのかを調査しましょう。ユーザーがフォームで最初に離脱するポイントや、FAQに行ったあと直後に問い合わせを起票した場合などを分析すると、改善余地が見えてくることがあります。
5. 組織全体で取り組むユーザー志向
5-1. ユーザー対応方針の明文化
サービスデスク内だけでなく、組織のIT部門全体で「ユーザーの負担を最小化し、迅速に問題解決を支援する」という指針を共有することが重要です。これは単なるスローガンではなく、実際のマニュアルやプロセス定義にも反映させ、日々の業務判断の基準にします。たとえば、エスカレーション時には必ずユーザー情報を再入力させない、一度の問い合わせで担当チームを連携させる、といった具体的な行動指針を定めるのです。
5-2. 他部門との連携
ユーザーからの問い合わせ内容は、必ずしもIT部門だけで完結するものではありません。業務システムや人事・総務関連のシステムに絡む問題は、他部門との連携が必要です。そこで、部門間のエスカレーションフローをスムーズにし、ユーザーが複数部署に同じ説明を繰り返す手間を省く仕組みを整えましょう。組織全体で情報を共有できるようにすることで、問い合わせ窓口を一本化しつつ、裏側では適切に専門部門へ振り分ける形が理想です。
5-3. 継続的な改善文化
ユーザー視点でのフロー改善は、やって終わりではありません。定期的な見直しや新システム導入時のアップデートが必要です。また、問い合わせ内容やユーザー層は、時間の経過とともに変化します。サービスデスクスタッフが日々の業務から得た気づきを共有し、小さな修正を積み重ねることで、使いやすい問い合わせフローが継続的に育っていきます。
まとめ
問い合わせフローをユーザー視点で組み立てることは、サービスデスクの対応品質と利用者満足度を飛躍的に高める可能性を秘めています。スタッフ目線だけで最適化を図っても、結局ユーザーが「使いにくい」「わかりにくい」と感じれば本末転倒です。ユーザージャーニーマップの作成やペルソナ設定、フォームの簡略化、セルフサービスポータルの活用など、具体的な改善策はいくらでも存在します。
最も大切なのは、「ユーザーの課題を解決すること」がサービスデスクの存在意義である、という原点に立ち返ることです。今後もテクノロジーや働き方が変化し続ける中で、ユーザーの声を拾い、柔軟にフローを変えていく姿勢が求められます。次回以降の記事では、さらに細やかな手法や先進的な取り組み事例なども紹介していきますので、ぜひ引き続きご覧ください。