■ はじめに
前回はゼロトラストのメリットとデメリットを解説しました。第3話では、実際にゼロトラストを導入するときにどのようなプロセスを踏むべきか、具体的なステップと主要ツール・サービスの例を紹介します。企業の規模を問わず、参考にできる内容を取りまとめています。
■ ゼロトラスト導入の具体的ステップ
① 現状把握と優先度付け
目的: 既存のIT環境を可視化し、ゼロトラストの適用範囲と優先順位を決定する。
具体的な作業:
- ネットワーク構成図の整理(オンプレミス、クラウド、ハイブリッド環境)
- システム一覧の作成(業務システム、SaaS、データベースの洗い出し)
- アカウント管理状況の確認(ID・パスワード管理、認証・認可の仕組み)
- リスク評価の実施(重要システムの特定、内部脅威・外部脅威の分析)
外部との接点が多いシステムや、業務影響度の高いシステムを優先してゼロトラストの適用計画を立てる。
② IDとアクセス管理(IAM)の基盤整備
目的: ユーザー認証・認可をゼロトラストに適応させ、安全なアクセス管理を実現する。
具体的な作業:
- シングルサインオン(SSO)の導入(利便性向上と認証強化)
- 多要素認証(MFA)の適用範囲拡大(高リスクユーザーや管理者アカウントを優先)
- アクセス管理の一元化(RBAC(役割ベースのアクセス制御)、ABAC(属性ベースのアクセス制御)の適用)
- IDプロバイダーの選定・導入(Azure AD、Okta、Auth0などのIAMソリューション)
IAMの整備がゼロトラストの基盤になるため、最初に整えるべき重要なステップ。
③ マイクロセグメンテーションの設計・実装
目的: ネットワークを細分化し、アプリケーションやサービスごとに適切なアクセス制御を実現する。
具体的な作業:
- 既存ネットワークのトラフィック分析(どのシステム間で通信が発生しているか可視化)
- アプリケーション単位でのアクセスポリシー設計(必要最小限の通信に限定)
- マイクロセグメンテーション対応ソリューションの導入
(例:VMware NSX、Cisco ACI、Illumio、ゼロトラスト・ネットワークアクセス(ZTNA))
「すべてのアクセスを最小限の単位に制限する」ことで、攻撃が拡散しにくい環境を構築する。
④ エンドポイント・デバイスのセキュリティ強化
目的: 端末のセキュリティ状態を常にチェックし、安全なデバイスのみがアクセスできるようにする。
具体的な作業:
- デバイスコンプライアンス基準の策定(OS・パッチ適用状況、アンチウイルスの有無)
- EDR/XDRの導入と連携(リアルタイム監視・異常検知・隔離対応の自動化)
- モバイルデバイス管理(MDM)の適用(BYOD端末の管理、ゼロトラスト準拠のセキュリティルール策定)
- ゼロトラスト・ネットワークアクセス(ZTNA)と統合(VPNの代替、動的なアクセス制御)
端末側でのセキュリティが脆弱だと、認証を強化してもゼロトラストの効果が半減するため、IAMと並行して進める。
⑤ 継続的なモニタリングとポリシー更新
目的: ゼロトラスト環境を持続可能な形で運用し、脅威に対応し続ける。
具体的な作業:
- アクセスログの分析と異常検知の強化(SIEM、SOARを活用)
- ユーザー行動分析(UEBA)の導入(不審な行動をAIで検知)
- 定期的なセキュリティポリシーの見直し(業務変化や脅威動向に応じて更新)
- SOC(セキュリティオペレーションセンター)の整備(内部運用 or MSSP(マネージドセキュリティサービス)活用)
ゼロトラストは「導入して終わり」ではなく、継続的な監視と最適化が不可欠。
■ 主要ツール・サービスの例
- Microsoft Entra ID(旧称: Azure AD) + 条件付きアクセス
- 概要: Microsoft 365ユーザーに広く利用されているクラウドベースのID管理サービスです。条件付きアクセスを活用して、デバイスの状態やユーザーのリスク評価に基づき、アクセス制御を細かく設定できます。
- 公式サイト: Microsoft Entra ID の条件付きアクセスとは
- Google BeyondCorp Enterprise
- 概要: Googleが社内で培ったゼロトラストのノウハウをサービス化したものです。VPNを使用せず、デバイスとユーザーを認証して直接アクセスを提供する仕組みが特徴です。
- 公式サイト: BeyondCorp ゼロトラスト企業セキュリティ – Google Cloud
- Okta Identity Cloud
- 概要: シングルサインオンや多要素認証など、包括的なID管理機能をクラウドサービスとして提供しています。異なるSaaSへの統合が容易で、大企業からスタートアップまで幅広く利用されています。
- 公式サイト: Okta: アイデンティティ管理でセキュリティを強化
- VMware NSX
- 概要: 仮想化環境を中心にマイクロセグメンテーションを実現するソリューションです。ネットワークセキュリティのポリシーを仮想レイヤーで一括管理できる点がメリットです。
- 公式サイト: VMware NSX | Networking and Security Virtualization
■ 導入事例から見るポイント
クラウドネイティブなスタートアップ企業では、VPNを使わずに全社でSaaSを活用し、ID管理とセキュリティをクラウド上で一元化するケースが一般的 です。例えば、Azure ADやOktaを活用して全ユーザー・全デバイスのアクセスを統合管理 し、ネットワークもZTNA(ゼロトラスト・ネットワークアクセス)を活用して直接クラウドサービスへ接続 する構成が増えています。ただし、業界やセキュリティ要件によっては、特定の業務データへのアクセスにVPNを併用するケースもあります。
一方、レガシーシステムを多く抱える大企業では、既存のオンプレ環境を考慮しながら、段階的にゼロトラストを導入するアプローチが一般的 です。まずは IAM(Azure ADやOkta)による統合認証とMFA導入 から始め、次にエンドポイントセキュリティ(EDR/XDR)を強化 し、さらにマイクロセグメンテーション(VMware NSX、Cisco ACI)で内部ネットワークの細分化 を進めます。最終的に ZTNAを活用してVPNを代替し、ゼロトラストモデルを確立 する流れが多く見られます。
大企業では、オンプレミスシステムの改修コストや、社内のセキュリティポリシー変更に時間がかかる ことが、ゼロトラスト導入の遅れにつながる要因となります。また、業界によっては規制やコンプライアンスの要件が異なるため、ゼロトラストの適用範囲や手法にも違いが生じる ことに留意が必要です。
■ まとめ
ゼロトラスト導入には、IAMの強化やマイクロセグメンテーションなど、具体的な手順を踏むことが重要です。ツール選定の際は自社のインフラ構成や利用するSaaSとの親和性をよく検討し、無理のない範囲で段階的に進めるのが成功の秘訣と言えます。
次回第4話では、ゼロトラストと連携させることで高い防御力を発揮する**「多要素認証(MFA)」や「シングルサインオン(SSO)」**の活用方法について掘り下げます。