はじめに
ITサービスデスクには日々多種多様な問い合わせやインシデントが舞い込みます。これらのデータを「ただため込むだけ」で終わらせてしまうのは非常にもったいないことです。件数や内容、発生時間帯、影響範囲などを分析すれば、今後のサービス向上やプロアクティブな対策に役立つ“宝の山”になる可能性があります。
しかし、膨大なデータを前に「どこから手を付ければいいのか分からない」「エクセルで集計するのが手一杯」という状態に陥ることも珍しくありません。本記事では、インシデントの傾向分析を実践する際のステップと、可視化ツールを有効活用するためのヒントを紹介します。データドリブンなサービスデスク運営を目指すうえで、ぜひ参考にしてください。
1. なぜインシデントの傾向分析が重要なのか
1-1. 再発防止や予防策の立案
インシデント管理の基本は「発生した問題を迅速に解決する」ことですが、長期的に見ると「同じようなインシデントを二度と起こさない」ことも重要です。傾向分析によって、どのシステムやプロセスでトラブルが多発しているか、どのような原因が繰り返し起きているかを特定し、問題管理や根本対策に繋げられます。
1-2. リソース配分の最適化
インシデントのデータを可視化すれば、問い合わせが集中する時間帯や曜日、特定の部署・サービスなどが分かります。これにより、人員配置や対応スケジュールを最適化し、スタッフの負担を均等にしたり、繁忙期に応援スタッフを投入したりといった柔軟な対策が可能です。
1-3. 改善効果の測定
たとえば「FAQを充実させたら、似たような問い合わせが減ったか?」「新人スタッフの研修を強化したら、平均対応時間はどう変化したか?」といった施策の結果を、インシデントデータで検証できます。数字の面で成果を示せると、追加の予算や協力体制を得やすくなるでしょう。
2. 分析のステップ
2-1. データ収集と整備
まずはインシデント管理システムやチケット管理ツールから、過去の問い合わせ履歴やインシデント情報を抽出します。エクセルやCSV形式で出力できるケースがほとんどでしょう。重要なのは「最低限どんな項目が必要か」を洗い出し、データを整理しておくことです。例としては、以下の項目が挙げられます。
- 受付日時・クローズ日時
- 問い合わせ種別・カテゴリ(ネットワーク、アプリケーション、アカウント管理など)
- 優先度
- ユーザー部門/顧客ID
- 対応担当者
- 最終的な解決手段(FAQ参照、エスカレーション、ベンダー対応 など)
データに抜け漏れや重複があると正確な分析が難しくなるため、日々の運用ルールを徹底することが大切です。
2-2. 可視化の設計
次に、「何を見たいのか」「どんな指標を知りたいのか」を明確にし、それに合わせてグラフやチャートを設計します。例えば下記のような切り口があります。
- 件数推移(週次・月次): 時間経過とともに問い合わせ総数がどう変わるか。
- カテゴリ別の件数割合: ネットワーク関連が全体の30%を占める、など。
- 平均対応時間: 対応開始〜クローズまでのリードタイムを計測。カテゴリや担当者別に比較する。
- ピーク時間帯・曜日分析: 午前10時〜11時、月曜が集中しやすい、など。
2-3. 深堀り分析
一次分析でざっくりと傾向を把握したら、特に多くのインシデントが発生している領域を深堀りしましょう。たとえば、「ネットワーク関連の問い合わせがやけに多いな」と気付いたら、その内訳をさらに分類して、「VPN接続トラブル」「社内Wifiの不安定」「ルーター設定エラー」など細分化して原因を探ります。ここでナレッジベースやスタッフの声を合わせて参照することで、より具体的な改善策を立案できます。
3. 可視化ツールの活用
3-1. Excel/Googleスプレッドシート
少数のデータや小規模なサービスデスクであれば、ExcelやGoogleスプレッドシートのピボットテーブル機能やグラフ機能で十分可視化が可能です。特に無料で使えるGoogleスプレッドシートは、複数人でのリアルタイム編集や共有がしやすい点が魅力です。ただし、データ量が多いと動作が重くなりがちなため、定期的にデータをアーカイブするか、より強力なツールへの移行を検討する必要があります。
3-2. BIツール(Tableau、Power BIなど)
データ量が大きい場合や、高度な分析・ダッシュボード作成を行いたい場合、BI(Business Intelligence)ツールの導入を検討する価値があります。TableauやMicrosoft Power BIなどは直観的にドラッグ&ドロップでグラフを作成でき、インタラクティブに絞り込み分析が可能です。各種データベースやクラウドサービスと連携してリアルタイムにデータを更新できるため、経営層や他部門への報告資料を自動生成することも容易になります。
3-3. 専用のダッシュボード機能
問い合わせ管理ツールによっては、標準でダッシュボード機能を備えている製品もあります。ServiceNowやZendeskなどは、インシデント数やエージェントごとの対応状況、SLA達成率などをグラフィカルに表示できる機能が充実しているため、追加のBIツールを導入しなくても一定のレベルの分析や可視化が可能です。
4. 分析結果をどう活かすか
4-1. 問題管理との連携
傾向分析で繰り返し発生しているインシデントや、高いコストがかかっている分野が判明したら、問題管理のプロセスと連携して根本原因の特定や再発防止策を検討します。たとえば「VPNに関する問い合わせが多い」のであれば、VPNクライアントのバージョンを一律アップデートする、操作マニュアルをわかりやすく改訂する、FAQのトップに掲載するなどの対策が考えられます。
4-2. SLAやスタッフ配置の見直し
「夜間や週末に問い合わせが集中しているのに、スタッフが手薄で対応が遅れている」といった状況がデータから見えてきたら、シフト体制を再検討する必要があります。また、応答時間がSLAを満たしていない場合、スタッフ教育や自動化ツールの導入など、具体的な改善策を検討できます。
4-3. 予兆検知とプロアクティブサポート
インシデントが増え始めた時点で、まだ重大トラブルが起きる前に「これはおかしい」と察知することができれば、被害を最小限に抑えられます。傾向分析を継続的に行い、通常よりも件数が増えたときにアラートを出す仕組みを作っておけば、「システム障害の前兆では?」といった早期対応が可能になるでしょう。これを「プロアクティブサポート」と呼び、ユーザーからの依頼を待たずに問題を先回りして解決に動く理想的な形となります。
5. 分析の落とし穴と注意点
5-1. データの質と粒度
いくら高度な可視化ツールを使っても、入力データに誤りや重複、分類ミスがあると、分析結果が不正確になります。スタッフが忙しい現場ほど、チケットの記入やカテゴリ選択が適当になりがちです。データを活かすには、定期的に入力ルールを周知し、カテゴリを見直し、品質を担保する取り組みが不可欠です。
5-2. 分析結果の解釈ミス
単に「問い合わせが多いから〇〇が悪い」と断定するのは早計です。その問い合わせが多いのは、システムの問題なのか、ユーザー教育の不足なのか、あるいはシンプルに利用者が増えただけなのか――複数の要因を検討し、関連する背景情報を照らし合わせる必要があります。定量データと定性情報(スタッフやユーザーの生の声)を組み合わせると、より正しい結論に近づけるでしょう。
5-3. 目的を見失わない
分析作業自体が目的化してしまうと、「いろいろなチャートは作ったが、現場の何が改善されたのか分からない」という事態に陥る可能性があります。常に「この分析はどんな意思決定や改善につながるのか」を意識し、成果が出たらフィードバックを行う仕組みを作ることが大切です。
まとめ
インシデントの傾向分析は、ITサービスデスクがデータを有効活用するうえで欠かせないプロセスです。以下のポイントを押さえれば、より効果的な分析が可能になるでしょう。
- データ収集と整備: チケット管理システムで項目をしっかり管理し、抜け漏れのないデータを取得する。
- 可視化ツールの活用: Excelやスプレッドシート、BIツール、問い合わせ管理ツールのダッシュボードなど、用途に合った方法でグラフ化・分析する。
- 具体的な改善アクションへ: 問題管理やスタッフ配置、SLA見直しなど、分析結果をもとに組織全体の運営に反映させる。
次回の記事では、「チームコミュニケーション強化:チャットツール導入のメリット・デメリット」を取り上げます。分析結果を共有し合ううえでも、チーム内のスムーズなコミュニケーションは欠かせません。どのようなチャットツールが活躍し、どんな課題が生じるのか、一緒に考えてみましょう。